〈コンセプト・特色〉
その人がずっとその人らしく生きることができる機会と場所をつくり続ける
〈取り組みの概要〉
高齢者施設向け出張カフェ空は、主に京都・大阪の高齢者施設におうかがいし、施設の一角にカフェを設営し、好きなケーキや飲み物を入居者さんご自身に選んでいただくことで「選ぶ楽しみや、ワクワクする機会」「非日常の空間」を提供しています。入居者さんに楽しんでいただくことはもちろん、職員さんも一緒に楽しんでいただきたいという思いで活動をしています。カフェの企画や内容は施設の職員さんの思いをお聞きし、入居者さんに店長をお願いしたり、お手伝いをお願いしたりするなど、入居者さんが活躍していただける機会も一緒につくっています。
みんなのおうちカフェ空は、京都府宇治市にあり、高齢者も大人も子どもも、病気や障がいがあっても、また、何らかの課題や生きづらさを抱えていても、健常者であっても、みんなが自分らしくいられる場所をつくりたいという思いで、2020年5月にオープンしました。店内のメニューは飲み物のみで、持ち込みOKのコミュニティカフェです。営業日は週2回の午後からのみですが、営業日以外にも、子ども食堂のような「みんな食堂」、ワークショップやブックカフェなどのイベントも開催しています。
〈運営主体について〉
今は個人で運営しています。ただ出張カフェも、みんなのおうちカフェ空も、私一人でやっているように見えますが、実際はかかわってくださるみんなで運営していると感じています。出張カフェのケーキは、活動に共感してくださっている洋菓子店がつくってくださっていますし、開催は施設の職員さんや入居者さんと一緒に行っています。また、みんなのおうちカフェ空では、ボランティアで手伝ってくださる方もおり、ときにはお客様が他のお客様のコーヒーを運んでくださったりするなど、活動のすべては支えてくださっている皆さんと一緒に実現していると感じています。
〈取り組みをスタートした時期〉
2016年4月5日
〈取り組みをスタートしたきっかけ〉
以前は、高齢者施設や療養型病院に出入りする営業の仕事をしていました。
定期的に訪問していた療養型病院では、一日中天井を見て、寝たきりで過ごしておられる方がたくさんおられました。食事の時間になると、廊下にずらっと管がついた栄養剤のようなものが並びます。お風呂のときは、ストレッチャーに乗った人が廊下に並びます。患者さんは、そんな中でもただただ、天井を見て過ごされている。
そんな光景を見ているうちに、この方たちが「最後に話をされたのはいつだろう」「最後においしいって思ったのはいつだろう」「最後に笑ったのはいつだろう」と感じるようになりました。
また、介護施設では車いすに乗った方々が、みんな下を向いて過ごしておられました。みなさんが集まっている場所があっても、会話があるわけではなく、ただ下を向いて過ごしている。そんな光景を見ている中で、次第に「生きることってなんだろう」と考えるようになりました。
しかし同時に、施設の職員さんたちは、本当は入居者さんに「毎日笑顔で楽しんで過ごしていてほしい」「もっと楽しんでもらえることをしてあげたい」という思いをもっておられることも知りました。目の前の入居者さんを笑顔にしたいという思いがありながら、人手不足の中、日々の業務に追われてやりたい介護ができず、罪悪感のような気持ちまでもってしまっている職員さんがおられる中で、「私、いったい何をしているのだろう…」と感じるようになり、「私に何かできることがないのか」と考えるようになりました。
しかし、介護の資格なし、介護の経験もなし。すぐには何の役にも立たない自分の無力さに愕然とし、結局何もできないまま、ずっとモヤモヤした中で仕事を続けていました。そのときあったのは、運転免許と調理師免許だけ。そんな私が唯一、「今、自分にできること」が出張カフェでした。
そして、その出張カフェを始めて4年、私自身も「フクシ」についての勉強を重ねてきました。その中で「もっと身近に、フクシがあったらいいな」と感じるようになり、その「地域福祉」を実現するために、みんなのおうちカフェ空を2020年5月にオープンしました。そこは、年齢も性別も病気や障がいの有無に関係なく、またココロのどこかに生きづらさを抱えていても、みんなが自分らしくいられる場所、ほんの少しココロが楽になる場所、みんなが認めあえる場所、今よりもっとHAPPYになれる場所、そんな居場所であり続けたいと考えています。
〈運営コスト〉
出張カフェ空は、30万円と軽バン1台を購入して始めました。仕入れは、開催決定後に人数をお聞きして行うため、あまり無駄はありません。ただ、飲食業のため、月によって変動があることや、コロナ禍のような状態になると、活動ができなくなるため、その活動だけで生活していくことは厳しいかもしれません。私は継続させるための一つの工夫として、カフェとは別に一般企業の事務代行の仕事もしています。
みんなのおうちカフェ空は、食べ物の販売はなく、おかわりできるドリンクを300円で販売しています。食べ物の販売がない分、なんでも持ち込みOKにしており、電子レンジも自由に使ってもらえます。毎月の家賃は発生しますが、食品の余剰在庫やロスはありません。また、お客様がいろいろなお菓子を持ってきてくださるので、その場にいるみんなでいただいています。
〈運営に必要な費用概算〉
月によって売上に変動があります。
〈運営資金の確保〉
自費、寄付
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
出張カフェをやると決めたときは、私の知る範囲では、前例がなかったことです。何が必要で、どのような方法でやるのがよいか、すべてが手探り状態でした。
さらに、「何がやりたいかわからない」「介護の知識も経験もないくせに」などと、いろいろな意見もいただきましたが、それも参考として受け止めました。実際、「介護の知識もないくせに」と言われたことがキッカケで、社会福祉士の勉強をし、資格を取りました。
実際にカフェの活動を始めてからは、まずはやってみること。そして、うまくいくように改良を繰り返すことで乗り越えてきたと感じています。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
入居者さんに店長をお願いし、一緒に運営することや、カフェをお手伝いしてもらうなどの「役割」をお願いすることです。もちろん施設職員さんと一緒に企画しなければできませんが、誰かからの「ありがとう」の言葉は、その方のイキイキとした表情を引き出すと感じています。
「もう何の役にも立たへんから、死んだほうがマシや…」とおっしゃっているような方でも、他者からのお礼の言葉を言われ、誰かの役にたったと感じることで、「自分もがんばって生きなあかん」と言ってくださるようになったりします。誰かの役に立ったという貢献感が、その人から前向きな言葉を引き出してくれると感じています。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
悩んでいることはあまりないのですが、本当に必要としている人に、この場所があるということを、どんな方法で伝えていったらいいかなぁと考えています。「子ども食堂」でもよく聞かれる声なのですが、本当に届けたいと思っている人には届きにくいなぁと感じています。
〈持続させるための仕組み、工夫〉
・常に学び続け、常に自分をアップデートしていくこと
・自分一人ですべてをやろうとしないこと
・自分以外の人の意見を大切にし、みんなで意思決定していくこと
・目の前に起きている成果に目を向けること
・自分にできることを探し続け、実行し続けること
〈今後のビジョン〉
「大人も子どもも、高齢になっても、病気があっても、認知症があっても、体の一部が不自由になっても、みんながずっと自分らしく生きることができる社会」をつくることです。
高齢者施設向け出張カフェは、やりたいと思われる方がいらっしゃったら、その手段や方法を伝え、フォローまでしていけたらいいなと考えています。
また、いろいろな地域で、人と人、ココロとココロがつながれるような、居心地のいい場所がたくさんできたらいいなと思います。
■事業名:高齢者施設向け出張カフェ・みんなのおうちカフェ
■事業者名:高齢者施設向け出張カフェ空
■取材協力者名:寺川 麻依子(高齢者施設向け出張カフェ空代表)
■事業所住所:〒611-0042 京都府宇治市小倉町山際3-5 1階