〈コンセプト・特色〉
認知症当事者のさまざまな思いを叶えるためのお店
〈取り組みの概要〉
くじら屋さんでは、長太の寄合所「くじら」のデイサービスに通う認知症当事者を含む利用者が中心となり、箱ティッシュカバーや、くるみボタン、缶バッチを作製し、販売しています。
販売は、デイサービス内を中心とし、長太の寄合所「くじら」主催で行っている夏祭りや認知症カフェなどの行事、近隣の床屋や美容院、他施設で行い、当事者が店員となり販売しています。その売り上げを使って、寿司屋で慰労会を開催したり、好きな弁当を注文したり、当事者家族へのプレゼントを購入するなど、一人ひとりの希望を叶えています。
〈運営主体について〉
有限会社ホワイト介護 長太の寄合所「くじら」(地域密着型通所介護)のデイサービスに通所している認知症当事者を含む利用者とそこで働いているスタッフ、鈴鹿市長太地区に在住している地域の協力者で運営しています。
〈取り組みをスタートした時期〉
2016年9月1日
〈取り組みをスタートしたきっかけ〉
長太の寄合所「くじら」のデイサービスでは、多くの認知症当事者(以下、当事者)が通所しています。当事者のデイサービス利用開始時の様子は、認知症と診断後、「役割の減少」「外出の制限」「仕事の退職」「知人や地域との付き合いの減少」など、さまざまな作業が制限・剥奪され、やりがいや生きがいを失い、自宅に閉じこもるようになっていました。そこで、心の中に閉じ込めている「してみたい」という気持ちを引き出し、ともに楽しみながら形にしていくことを理念とし、「言葉で自分の立場や気持ちをうまく表現できない当事者の言動の意味を洞察して、その人のニーズを満たしていくかかわり」「当事者が社会とのかかわりをもち、人間として尊重されていると実感できるかかわり」など、パーソン・センタード・ケアの視点を取り入れて活動していました。
今回は、興味・関心チェックシートを手段として用いて、当事者を含む利用者16名(2016年8月)の「してみたい・興味がある」ことを確認し、満たされていないニーズを探り、満たせるよう環境を整えることを実践しました。すると、「誰かの役に立ちたい」との理由でボランティア68%、「仕事のように対価を得たい」との理由で賃金を伴う仕事62%と、半数以上の方がボランティアと賃金を伴う仕事をしてみたい・興味があるとの結果でした。また、男性当事者からは、「もともと仕事もお客さんのためにがんばってきたから、何かできることをしたい」との声が挙がりました。
これらのことから、パーソン・センタード・ケアにおける心理的ニーズの中の「携わること」が満たされていないのではと考え、携わることを満たす作業と賃金を伴う仕事をコラボしたくじら屋さんというお店を始めることとしました。
〈運営コスト〉
運営資金の調達は、行っていません。くじら屋さんの商品づくりで使う材料は、長太の寄合所「くじら」のスタッフやスタッフの知り合いの専門職、当事者、当事者家族、地域住民から有志で集めたものを主に使っています。
〈運営に必要な費用概算〉
1,000円/月
〈運営資金の確保〉
売り上げから一部材料を購入しています。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
当事者一人ひとりがより楽しみと達成感が得られるよう、①できる・得意な作業をアセスメント、②できる作業になるためのサポート方法の分析、をすることに時間をかけています。
具体的な方法は、①では、「生活歴や職歴から、できる作業を分析」「作業内容を工程化し、役割分担」しています。②では、必要に応じた適切な援助の手法を用いており、「監督:最初に方法を説明し見守り、必要に応じて方法を伝える」「実演:作業が始めることができない場合は、最初に実演」「手掛かり:言語・視覚・触覚」を行っています。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
より楽しみと達成感が得られるよう、①できる・得意な作業をアセスメント、②できる作業になるためのサポート方法の分析、を行った結果、当事者らのできることが増えました。具体的には、女性陣が生地を縫い、男性陣がボタンづくり、全員で袋詰めやシール貼り、元クリーニング屋さんがアイロンをかけ、数字が書けるようになりたい方が値段を書き、元床屋さんが認知症の疾病観を変えるためのカードをハサミで切るなど、役割分担することができました。
また、遂行機能力低下により手順が曖昧になった方も、縫う箇所を言葉で伝える言語的手掛かり、ボールペンで縫う箇所に目印をつける視覚的手掛かり、で縫う作業が可能になった方がいました。このことからも、たとえ認知症という状態があったとしても、方法を模索すればできるという可能性を示唆していると考えられました。
出店では、「素敵な箱ティッシュカバーやな。知り合いにも買っていきたい」と話されるお客さんと、それを聞かれた店員の当事者らが笑顔で交流されていました。その姿から、お店という形態は、社会との接点となり、社会参加の入り口の一つとして、とても大切な場であると感じました。また、その売り上げの使い道では、「みんなでお寿司屋さんに行きたい」との新たな希望が生まれ、寿司屋で慰労会を開きました。「自分たちで稼いだお金で食べる寿司は、何よりもおいしい」との発言が聞かれました。
約5年継続する中で、長太の寄合所「くじら」と自宅で、「他者への援助」が見られるようになりました。具体的には、足が不自由な方のために、椅子の出し入れをされる方や奥さんとの買い物時に「荷物を持とうか?」と声をかけ、荷物を持たれるなどがありました。
くじら屋さんを通して、さまざまな「他者とのつながりや役割活動、新たな希望、他者への援助」が当事者らの中で生まれたことは、継続してよかったと感じる瞬間でした。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
新型コロナウイルス感染症予防で、地域の場での販売を中止しています。そのため、商品を販売する場がなく、また当事者らが地域の人と交流する機会が減っています。オンライン上での販売などを考えていますが、まだ検討段階です。
〈持続させるための仕組み、工夫〉
長太の寄合所「くじら」では、時折、活動自体が目的になってしまい、当事者らの思いとは別に、活動だけを進め、当事者はその流れについていくといったようなことが起きていました。そこには意思が働いておらず、スタッフ中心の活動になっていたのです。
その反省を踏まえ、まずは、当事者一人ひとりが「何がしたいのか?」を会話の中で聴き取ること、その思いをていねいにくみ取っていく作業が大事だと考えるようになりました。
今回の取り組みは、興味・関心チェックシートを手段として用いることによって、「してみたい・興味がある」ことを確認し、その背景を分析し、満たされていないニーズを満たすかかわりを実施しました。また、活動時は当事者らのできることやしたいことを大切に、工程を分けて行うことも、くじら屋さんが継続した取り組みの一つになった要因であると考えています。
〈今後のビジョン〉
現在、当事者らと話していることが3つ程ありますので、紹介します。
1つ目は、現在新型コロナウイルス感染症予防で、地域の場での販売を中止していますが、オンライン上での販売や感染予防対策をしたうえでの販売ができないかを考えています。当事者らだけでなく、地域住民の楽しみや憩いの場としても行っているため、検討していきたいです。
2つ目は、現在当事者らが塗られた塗り絵を、カバンやコースター、塗り絵カレンダーにして家族や友人などにプレゼントしているのですが、「色んな方にもらってほしい」「販売したい」との希望が生まれたので、他の企業や施設と協働できないか考えています。
3つ目は、くじら屋さんができたきっかけと同じ方法で、くじら合唱団(歌とミュージックベルの演奏)という活動をしています。撮影会をしてDVDを作成し家族にプレゼントしたり、グループホームで出前公演したりしているのですが、当事者らからは「家族に生で見てもらいたい。いつも迷惑ばかりかけている私だけど、がんばっている姿を見てほしい」との希望が聞かれたので、オンライン開催や感染予防対策をしつつ、小規模で開催できないか検討しています。
■事業名:くじら屋さん
■事業者名:有限会社ホワイト介護 長太の寄合所「くじら」(地域密着型通所介護)
■取材協力者名:佐野 佑樹(長太の寄合所「くじら」所長)
■事業所住所:〒513-0042三重県鈴鹿市長太旭町6-3-9