〈コンセプト・特色〉
超高齢社会において、演劇をとおして、介護や老いの課題解決を図るプロジェクト
〈概要〉
「老いと演劇」OiBokkeShiの菅原直樹さんをタッグを組み、「介護を楽しむ」「明るく老いる」という2つのテーマで2017年度より活動しています。
「介護を楽しむ」は、県内各地に出向き、「介護に寄り添う演技」体験講座を実施しています。
認知症の方とのコミュニケーションや、介護をする人とされる人のコミュニケーションを、演劇の手法を取り入れて良くしていこうという内容です。
「明るく老いる」は、「老いのプレーパーク」(通称“老いプレ”)という集団をつくり、年に1回演劇公演を行っています。
認知症の当事者の方を含むシニアの方や、老いや介護に関心のある人たちと一緒に、演劇の作品づくりをしていく中で、老いの明るい未来を描き、介護に対するマイナスのイメージを払拭しようと奮闘しています。
特徴的なのは、「介護を楽しむ」「明るく老いる」の2本柱が別々に存在しているのではなく、例えば体験講座を受けられた方が演劇作品に出演したり、逆に老いプレメンバーが体験講座のサポートに入ってくれたりと、相互作用で介護と老いの新しい価値観を生み出す仕組みになっていることです。
また、シニア劇団自体は全国にもたくさんありますが、老いプレはシニアに限定するのではなく、多種多様な世代が交じり合い活動しています。日々の生活の延長線上で、演劇をとおして老いや介護に対して何か得られるものがあって、皆さんの生活がより豊かになればと思っています。
撮影:松原豊
〈運営主体〉
プロジェクトの活動の母体は、公益財団法人三重県文化振興事業団になります。三重県文化会館の事業として進めており、事務局を堤が担当しています。
〈取り組みをスタートしたきっかけ〉
劇場は愛好家がコンサートや演劇などのイベントを見に行く場所というイメージがあると思いますが、それだけではなく、劇場に足を運べない方にアートを届けたり、演劇や音楽そのものに興味のない方に対しても、アートを使って社会の課題にアプローチしていく“社会包摂”の考え方が元となっています。
その中で、副館長の松浦が身内の認知症介護でコミュニケーションがうまくいかずに悩んだ経験があったことで、「介護」と「演劇」を結びつけることができないかと考えるに至りました。一方、俳優で介護福祉士でもある菅原直樹さんが、岡山で「老いと演劇」OiBokkeShiを立ち上げられたタイミングが重なって、今回のプロジェクトが始まりました。
〈運営コスト〉
三重県文化会館の年間の事業費の中から、プロジェクトの活動予算として300万円ほど捻出しています。収入という点では、演劇の入場料として、いくらかの収入はありますが、十数万円程度になります。その他には、このプロジェクトに対する助成金もあり、文化庁や一般社団法人地域創造、公益財団法人岡田文化財団からバックアップをしていただいています。
〈やりがい〉
実際に体験講座をしてみると、先進的な介護施設などは、実は普段から演技らしいことをしてコミュニケーションを円滑にしていらっしゃることがわかりました。しかし、それが正しいことなのか悩まれている施設の方も多くいらっしゃるようです。正しいか正しくないかという価値観とはまた別に、アートという切り口で、円滑なコミュニケーションがとれて良い関係が結べるのであれば、演技をするのも悪くないと、現場の皆さんの気持ちが軽くなっていく様子をそばで実感できることにやりがいを感じています。
老いプレは、集まってくれた皆さんが本当に活動的な方ばかりで、難病の方や認知症の方、要介護の方と、何らかの障害がある方でも、自主的に動いてくれています。こちらから何かアクションを起こさなくても、皆さんがアイデアを出してくださるので、そこから次の展開へとつながっていくのを見ているのはとてもおもしろい体験です。人生の先輩として、自分自身もこんな風に老いていきたいという目標になっています。
撮影:松原豊
〈人材確保の方法、人材育成の仕組み〉
老いや介護に興味のある人たちを中心に、人材を募集をしました。「”老い”の明るい未来は”遊び”の中にある」というキャッチフレーズをつけ、「遊びながら老いや介護について、考えてみませんか」というメッセージを添えて募集をかけました。
老いプレをスタートする前に、「老いのリハーサル」という3回シリーズのワークショップを開催し、その活動に参加してくれた方を中心にお声がけをしました。それ以外にも活動を始めるにあたって助言をいただいた三重大学の先生や、 県の長寿福祉課、認知症の人と家族の会にご協力をいただき、チラシの配布やホームページでの発信をしてきました。
老いプレの皆さんは、演劇経験のない方がほとんどです。菅原さんが掬いあげた、メンバーお一人おひとりの人柄やそれぞれの人生のエピソードが、作品にも反映されています。演技指導の面でも、「いい演技を…」というより、その人の人生がどうやったら垣間見られるかということを大切にしていらっしゃいます。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
老いプレのメンバーの中には、認知症の方もいらっしゃるのですが、ご家族と一緒に参加されている方もいます。そうすると、本来は認知症の方もそのご家族も、それぞれがメンバーであるのですが、どうしても一緒に見てしまい、二人で一つという感じでコミュニケーションをとってしまっていました。普段の家族関係とは違う何かを求めて、この活動に参加されているのに、受け入れ側がそうできなかったことで、それぞれの良さを引き出せずにいました。そのことに気が付き、それ以降はお二人を別々のグループに意識的に分けて活動をしてもらいました。
体験講座については、この事業自体がいろいろな専門分野、団体の皆さんと協働して進めていく事業であることから、事前にさまざまなやりとりをしながら準備をしてきました。しかし、いざ体験講座を始めようとすると、私たちが「こうやりたい」と思っていたことが団体側の現状と噛み合わなかったり、「こうしてほしい」というご要望とずれがあったりといったことが起きたため、まずは団体のイベントをサポートする等、関係性を築いていくことから始める方向にシフトチェンジしたこともありました。
〈今後の課題〉
これからの課題は、記録の残し方、エビデンスの残し方についてです。これまでの活動についてはレポートとして冊子にまとめてはいるのですが、今後はプロの方にも協力していただき、調査研究としてやっていきたいと思っています。
老いプレでは、今年から難病の方がメンバーとして参加してくれました。送迎はご家族がしてくださっていますが、現在は医療や介護関係者もメンバーに多いので、メンバー間でフォローをしていただいています。今後は事務局としても、メンバーの体調・精神面のサポート体制を整えていけたらと思っています。
また、コロナ禍の状況で活動に参加できない方も増えていて、リアル(会場)とオンラインを組み合わせて活動しています。ただ、会場とオンラインではコミュニケーションの仕方も異なるので、ワークショップの内容を変えたり、途中にヨガなど身体を動かすプログラムを取り入れたりすることで、オンライン疲れのないように工夫しています。
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
老いプレでは、メンバーがさまざまな役割を担ってくれており、ゆくゆくはメンバー主導で自立した活動ができる集団になることを意識して、運営しています。菅原さんに頻繁に来県していただくことは難しいため、メンバーが体験講座の講師を引き継ぎ、それぞれの住む地域に還元していく仕組みを目指しています。
〈今後のビジョン〉
2020年度はいなべ市、2021年度は尾鷲市で公演をすることが決まっているのですが、出張公演先で出会った人々によって、その地域で老いプレのような集団が生まれ、この活動が県内各地に波及していく様子をイメージしています。
また、セリフを覚えられない、普段介護していて覚える時間がないなど、さまざまな事情を抱えている人たちでも参加できる、新しい演劇のフォーマットを作り出せないか模索しています。大きな声を出せなくても、身体が動かなくても、制約がある中でもできる、演劇の形を作れたらと思います。
■事業名:「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクト
■事業者名:三重県文化会館(指定管理者:公益財団法人三重県文化振興事業団)
■取材協力者名:堤 佳奈(三重県文化会館)
■事業所住所:〒514-0061 三重県津市一身田上津部田1234
■取材・まとめ:世古口 正臣(特別養護老人ホーム勤務)
■取材時期:2020年11月
撮影:松原豊