〈コンセプト・特色〉
「注文をまちがえる料理店」は、「注文を取るスタッフが、みんな“認知症”のレストラン」です。認知症の人が注文を取りにくるから、ひょっとしたら注文をまちがえちゃうかもしれない。でもそんなまちがいを受け入れ、むしろ、まちがえることも楽しんじゃおうよ、というのが狙いです。
〈運営主体について〉
「一般社団法人『注文をまちがえる料理店』」
「注文をまちがえる料理店」は、介護のプロであり認知症介護の世界で異端児と呼ばれる和田行男、発起人である小国士朗を筆頭に、ブランディングやクラウドファンディングの専門家、テレビ局の記者や雑誌の編集者、そして外食サービスの経営者などの各分野のプロフェッショナルたちが主体となった有志によるチームによりスタートしました。現在は立ち上げメンバーが中心となり、一般社団法人となりました。
〈取り組みをスタートした時期〉
2017年6月3日
〈概要〉
「注文をまちがえる料理店」はレストラン型イベントです。レストラン経営、料理、介護を中心としたそれぞれの分野のプロが集まって、イベントを催します。当然、その日の売り上げを追求するものではなく、その参加者や地域の皆さんに「まちがいを許し合う気持ち」を醸成することが、このイベントの大きな目的です。
私たちが何より大切にしているのがお店の入り口に置く「看板」です。店名に加えて、舌をぺろりと出した通称「てへぺろ」ロゴ。お店に入る前から「まちがったら、ごめんね!」を伝えるこの看板のおかげで、みんなの心が柔らかくなるのです。
〈取り組みのきっかけ〉
当時、テレビ局のディレクターだった小国士朗は、取材で和田行男と出会いました。取材をしていたある日、グループホームの方々に料理を振る舞っていただくことになりました。
その日はハンバーグをつくってもらえると聞いていましたが、食卓に並んでいるのは、どう見ても……餃子です。「あれ、今日はハンバーグでしたよね?」という言葉が、のど元までこみ上げたと小国は言います。でも、ハンバーグが餃子になったって、別にいいんじゃないか? おいしければ、なんだって。その瞬間、「注文をまちがえる料理店」というワードがぱっと浮かび、このプロジェクトがスタートするきっかけとなりました。
〈運営コスト〉
立ち上げの際は、考えに賛同いただく企業の方々のご協力やクラウドファンディングを活用することにより実施することができました(492名の支援者から1291万円が集まりました)。金銭的な利益は1円もありません。クラウドファンディング以降は認知症の理解促進と、「ま、いっか」の気持ちを世界中に広げるための支援としてヤフー募金を通じて寄付を募っています。資金はすべて使用用途を明らかにし、皆様に「募金してよかった」と思っていただけるよう努めています。
〈運営に必要な費用概算〉
この催しはイベント型であるため、月単位での算出が困難です。シンプルに理事会のランニングコストという点では、ウェブサイトの運営に費用がかかっています。
〈運営資金の確保〉
寄付
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
いちばんは、後述のプレイブックの存在でしょうか。私たちは「(同様のレストランを)やってみたい」という声に対して、なるべく開かれた活動でいたいと思っています。食を提供する場として当たり前のルールと、「許し合える寛容な社会をつくろう」という目的が合致している、という確認さえとれれば、自由にやってくださって結構ですよと容認しています。
ただ一方で、私たち「注文をまちがえる料理店」理事会が開催するイベントは、これらの中で、最も大きな影響力を持つブランドとして振る舞うべきだという自覚もあります。私たち理事会メンバーが主催するイベントは、常にクオリティが高く、参加する人があっと驚くような、心から楽しめるイベントをプロデュースし続けたいと思っています。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
いちばんこだわり苦労した点は、このレストランにしかない体験の「トータル・デザイン」だと思います。
お店の入り口に置かれた「てへぺろ」ロゴ付きの看板、ご挨拶の文面、内装や外装はもちろんのこと、そこでどう人が動くのか。どんな会話が生まれればいいのか。どんな料理が運ばれればいいのか。なるべく認知症の方とコミュニケーションが発生するために、配膳の回数を細かく分けたり、胡椒をかけるパフォーマンスをあえて入れたりしました。
何よりおいしくないと始まらないので、料理は一流のレストランのシェフたちが、オリジナル料理で腕をふるってくださいました。
このように関わってくれたメンバー全員の役割や特性を活かし、本プロジェクトならではの空間と体験を構築できたと思います。
また、コラボレーションのハードルを容易なものにするため、プレイブックという名の一枚の署名用紙を作りました。これに賛同、遵守してくださる活動については容認し応援していこうという形をとっています。内容は、次のとおりです。
①私たちは日本中・世界中に、「ま、いっか」の寛容な気持ちを広げるための活動を行います。
②私益を求めることなく、社会や支援者に還元することを第一とします。
③食中毒やアレルギーなど、食の問題に細心の注意を払います。
④お客様にリラックスして楽しんでいただけるイベントを目指します。
⑤イベントでは「まちがえること」ではなく「コミュニケーションをとること」を目的とします。
⑥それぞれの活動で得た知見は、オープンにシェアしていきます。
⑦店名「注文をまちがえる料理店」およびロゴそのままの使用は、禁止です。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
まずは何より広がっていることでしょうか。
オリジナルイベント開催直後、町田市の某コーヒーチェーン店からオファーがあり、初コラボレーションイベント「注文をまちがえるカフェ」を開催、こちらも大盛況となりました。
また本イベントに参加してくださった株式会社虎屋さんが、「注文をまちがえるレストラン」を継続的に開催していくことを宣言しました。
また、複数の出版社からの依頼により、書籍の発売、そして現在でも取材の依頼やコラボレーションの問い合わせが後を絶ちません。
結果、最初の1年間で20以上のレストラン・イベントが国内で開催されました。さらに中国、韓国、カナダなど世界中に広がり、イギリス国営放送チャンネル4でのシリーズ番組化の実現につながりました。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
私たちの願いは、認知症の問題に限らず、社会全体に寛容な空気を生み出すこと。
現在はまだまだ道半ばです。にも関わらず、新型コロナウィルスの影響で大きな足止めを食らっていることは悩みのひとつかもしれません。
ですが、それでくじけているかというとそういうわけでもなく、リアルが無理ならオンラインで何かできないか? 料理店の次は?と考え続けています。
この料理店で認知症のさまざまな問題が解決するわけではありません。
まちがえることを受け入れて、まちがえることを楽しむ。そんな少しの寛容さを社会が持つことができるよう、この「注文をまちがえる料理店」を成長させて継続していきたいと思っています。
〈今後のビジョン〉
現在、認知症の方は世界に3500万人、2050年までに1億1500万人に増えると、WHOは予想しています。世界に先駆け高齢化が進む日本では、 65歳以上の高齢者がすでに人口の4分の1を占めることになります。
認知症になると、働く自由はおろか、外出の自由まで制限され、社会参加の機会を奪われてしまいます。「認知症になっても安心して暮らせる社会」には、当然「安心して働ける環境」も含まれているべきです。「注文をまちがえる料理店」はそれを気づかせてくれる場所だと思っています。
「注文をまちがえる料理店」の開催を通じて、福祉とは「人々が幸福に暮らす生活環境」、高福祉とはそれを高い次元にすることであり、目指すは「一般的な国民の生きる姿」であって、特殊ではあっても「特別な姿」ではないということを、皆さんに、あらためて間近で感じてほしいと考えています。
介護事業所で暮らす認知症の人もそうですし、注文をまちがえる料理店だって、特殊ではありますが、目指すは「ふつう」です。
そんな「ふつう」が「まっ、いいか」という寛容の気持ちとともに、日本中、世界中に広がることを心から願っています。
■事業名:注文をまちがえる料理店
■事業者名:一般社団法人「注文をまちがえる料理店」
■取材協力者名:小国 士朗(一般社団法人「注文をまちがえる料理店」常務理事)
■事業所住所:〒116-0012東京都荒川区東尾久1-1-4 5階