〈コンセプト・特色〉
高齢化社会に合わせ「認知症にやさしい図書館」を紹介し、地域の街づくりを支援する取り組み
〈運営主体について〉
DFJIは、認知症の課題を起点として、さまざまな人々がプロジェクトをつくり、情報やリソースを交換し、実験を繰り返しながら、成果と共有する自発的なコミュニティです。DFJIの活動は、年に1回「DFJサミット」として集まり、議論します。
「認知症にやさしい図書館プロジェクト」の運営は、地域ごとに趣旨に賛同する者が集まり、さまざまな関係者を巻き込み、議論を重ねていきます。
プロジェクトは、解決策が先にあるのではなく、個人や1つの組織では解けない「問い」を出発点としています。認知症の課題の多くは、非常に複雑で、複数のステークホルダーが関係しており、1つのグループや特定の専門性だけでは解くことができません。そうしたときに大事になるのが、特定の立場や専門性に固執し、問題解決ができるフリをすることではなく、どのような課題を解決しなくてはいけないのか、つまり「問い」を表明し、他の専門性やセクターの人たちと、その「問い」を共有することです。
セクターを超えた人たちで対話を続けていくことで「問い」は形を変え、本当に必要なアクションが生まれると、私たちは、信じています。
〈取り組みをスタートした時期〉
2015年9月6日
〈概要〉
このプロジェクトの活動は、図書館員や市民に向けて、認知症にやさしいとはどんなことなのか、図書館の取り組みとして英国の例や国内の先行事例を伝え、それぞれの地域にあった取り組みを考えてもらうことを目指しました。賛同していただいた作業療法士の先生や福祉関係の方々の力をお借りしながら、さまざまな地域で「認知症にやさしい図書館」について説明し、取り組めることから取り組んでいただくよう支援しました。
図書館は誰でも気軽に入れる、一人でいても違和感がない場所であり、何らかの障害を抱えている方々が誰にも気兼ねなくいることができると同時に、適度に社会との接点を得られることから、例えば本来は福祉サービスにつなぐべき人々をいち早く見つけだすことができたり、その人らしい過ごし方を導きだせたりするのです。認知症にやさしい図書館の実現は、認知症になっても安心して暮らし続ける街づくりの最初の一歩になるかもしれません。
最初の取り組みとして、神奈川県の川崎市立宮前図書館と宮崎県の日向市大王谷コミュニティーセンター図書室が挙げられます。
川崎市立宮前図書館は、早くから認知症にやさしい図書館として活動しています。書籍だけでなく、市の認知症施策のパンフレットやチラシなども一緒に展示しました。すると、書籍だけでなく、パンフレットがみるみるうちになくなり、市の担当部署に追加をお願いすることになり、福祉の職員との接点が強化されました。その後、福祉と連携して福祉サービスが必要な人も、図書館を起点につなぐことができるようになりました。
日向市大王谷コミュニティーセンター図書室は日向市社会福祉協議会が運営していました。認知症に関する本を集めたエリアを常設し、社会福祉協議会の専門スタッフによる相談会や情報提供を行っています。
本プロジェクトの活動を通して、いち早く図書館の可能性を見出し、活発な活動をしているのが、関西圏のプロジェクトです。当初「認知症にやさしい」という呼称を使っていましたが、現在は「多世代・地域交流の図書館プロジェクト」と名称を変更して、積極的に活動されています。図書館は、多世代が交流する場と位置づけ、さまざまな専門職と図書館員が議論を重ねています。まずは、図書館員、行政、福祉が集い、お互いを知ることに注力します。どのように協働していくか、目的をどのように共有していくかについて議論します。次に関係者を増やしていきます。認知症に興味があり活動している高校生や大学生、医療関係者も巻き込んでいきます。そして、あえて認知症という言葉を外し、多世代交流や地域交流に視点を移し、具体的に図書館という空間を評価し、プロの演劇によるロールプレイングを通して、現場の課題や対策を話し合っています。
〈取り組みのきっかけ〉
立ち上げのきっかけは、DFJIのメンバーで2014年英国プリマス市に、認知症にやさしいまちづくりを視察しに行ったことでした。プリマス中央図書館(Plymouth Central Library)が、認知症にやさしい図書館として活動しているのを見聞きし、日本でも真似できないか模索したのが始まりです。彼らが考えたストーリーは以下のとおりです。
認知症と診断され、初めて認知症という病気を知ることになります。多くの人が、その病気について調べようと行動します。インターネットで調べる人もいるでしょうし、図書館に行く人もいます。そのとき、出会う情報、書籍がその人の人生に大きく影響するかもしれません。しかし、実際は(その当時)ネガティブな情報が目立ちます。プリマス中央図書館では、この点を考慮して、認知症になっても安心して普段の暮らしができるような情報や書籍を集め、常設展示していました。認知症は、通常医療や介護の問題ととらえられがちです。しかし、プリマスでは図書館という社会教育施設が、認知症に正面から取り組み、当事者や家族に寄り添っている姿に感銘を受けました。この取り組みを日本でもと考え、帰国後仲間と試行錯誤を繰り返し挑戦しました。当時の私は、図書館とはまったくつながりはありませんでした。偶然、医療福祉系大学の先生と出会うことができ、その先生を仲間に加えさまざまな取り組みに挑戦しました。
〈運営コスト〉
プロジェクトは、基本ボランティアでの活動です。そのうえで、図書館や福祉、医療の関係で研究活動として有意義であると関係者で判断した場合、各種調達した研究費により、調査、実験、ワークショップなどを開催しています。
〈運営に必要な費用概算〉
0円/月
〈運営資金の確保〉
自費
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
当初、図書館と認知症との関係性について、理解されないことが多くありました。また、認知症に対する偏見にも直面しました。図書館は教育機関の1つであり、高齢者や認知症に関する福祉領域とはあまり接点がありません。認知症=障害者というとらえ方で、障害者支援の文脈で語られることも多くありました。また、図書館は、公共物であるため、認知症にだけやさしくするわけにはいかないという誤解もありました。
私たちは、認知症にだけやさしくしてほしいわけではありません。認知症にやさしいことは、みんなに対してもやさしいはず、認知症になっても安心して暮らせる環境は、誰にとっても暮らしやすい環境のはずです。この趣旨を理解していただくことが最も重要です。
私たちは、図書館関係者に対し根気よく説明しました。その結果、一人二人と理解者が現れ、図書館が認知症サポーター講座を全職員受講するまで進めることができました。
図書館は公共施設であるためリソース(予算等)が限られ、活動には限界があります。認知症になっても安心して暮らせる街づくりの活動は限られた組織だけで実現できるものではありません。さまざまなセクター、職業の方々と一緒に取り組まなければなりません。図書館に方々は、さまざまなセクター(役所の部署等)と連携して進めてもらう経験が少ないケースが多かったです。そんな場合は、プロジェクトに参加している民間の方々(介護職員等)の協力を得ることで解決したこともありました。
昨今、図書館を中心とした複合施設を計画している自治体が多くなってきました。図書館という可能性を大いに活用して、暮らしやすい街づくりを目指していると思われます。
最近では、コロナ渦で図書館に来られなくなった方へのサービスをどうするかについて、議論しています。メンバーにICTに長けた人材が必要になってきました。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
川崎市立宮前図書館では、当初アウトリーチサービスとして高齢者施設に書籍を届けるのと一緒に読み聞かせを行っていましたが、職員だけでは限界があり広がりません。そこで、読み聞かせボランティアとのコラボレーションにより、この取り組みは市民中心で広がることになりました。
また、名古屋市立山田図書館では、職員に行った認知症サポーター講座に若年性認知症当事者の住民を招き、話を聞き、図書館の施設やサービスについて意見交換をするといった取り組みを行いました。これをきっかけに名古屋市の図書館全体に認知症にやさしい取り組みが広がりました。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
例えば世界アルツハイマーデーに合わせて1週間など、一時的に認知症に関する企画展示をすることは、一般的になりつつあります。しかしながら、そこに展示される書籍について、疑問を感じるものが含まれるケースがあります。偏見や誤解が生じないように、こういった書籍の選定には、地元の福祉関係者と協力して進めてもらいたいと思います。地域によっては、認知症は身近な社会問題であることもあります。そういった地域では、ぜひ認知症関連書籍の展示は常設展示し、川崎市立宮前図書館のように自治体のパンフレットも一緒に展示していただきたいと思います。
発足当初から比べれば、かなり多くの図書館が認知症に注目し取り組んでいると思いますが、まだまだ少ないと感じています。特に、高齢化が進んでいる地域について、地域包括ケアの中心にもなりうる図書館の機能を見直し、取り組んでほしいと思います。
〈今後のビジョン〉
図書館は、赤ちゃんからお年寄りまで、誰でも無料で気軽に入れる稀有な施設です。そこにさまざまな専門家が集い、役に立つ情報に溢れ、心地よい空間で、気軽にさまざまなことが相談でき、交流が生まれ、すべての人が、その人らしさや元気を取り戻す場所、さまざまな疾患、障害、環境を持つ人が、そのことに気を使うことなく、過ごすことができる場所にすることを目指します。
■事業名:認知症にやさしい図書館プロジェクト
■事業者名:一般社団法人認知症フレンドリージャパンイニシアチブ(DFJI)
■取材協力者名:田中 克明 (一般社団法人 認知症フレンドリージャパンイニシアチブ 「認知症にやさしい図書館プロジェクト」コアメンバー・連絡窓口)