〈コンセプト・特色〉
ファシリテーターとコミュニケーションしながら自己表現(アート作品を制作)が促されることにより、参加者ご自身が自尊心を取り戻す。また、制作中の参加者ご本人の様子や、できあがった作品を通して、周囲との関係性(社会性)が自然に回復することを目指す。同時にご家族や介護者など、ケアする側も自然にケアされていくことを目指す。
〈概要〉
高齢者施設や行政が主催する認知症予防講座、家族会、健常者も参加する定期教室、個人宅などで、訪問セッションを実施しています。対象は認知症の当事者ですが、施設職員向けの会や、事業所連絡会などでの研修も行っています。頻度は一施設につき月1回、または2回で、1回が60~90分ほどとなっています。人数は、症状にもよりますが1~30名ほどです。
制作前の導入から五感を使い、次にアート制作を行い、最後に作品のギャラリートークを行うという流れになっています。
〈運営主体〉
「ピグマリオン」
個人事業の屋号「ピグマリオン」として運営しています。臨床美術などのアートファシリテーション、芸術療法を実施しています。基本的には、セッションなどは個人で実施し、現場の状況によってはサブスタッフを手配しています。認知症の高齢者を対象としたもの以外には、保育園で0歳児以上6歳までを対象とした造形の外部講師を務めているほか、地域での造形教室の開催、個人宅に出向く出張アート教室を実施しています。
〈取り組みをスタートした時期〉
2013年6月9日(個人事業主登録)
〈取り組みをスタートしたきっかけ〉
コーチングを学んだことをきっかけに、モノやコトを動かすよりもヒトに興味が移り、機械やコンピューターではなく人間にしかできないことは何かと模索していた2005年に、臨床美術に出会いました。それ以来、会社員としての仕事のかたわら、臨床美術セッションを続け、40歳の誕生日をきっかけに独立しました。その後は臨床美術に限らず、さまざまなアートと人間の関係を模索しています。
〈運営コスト〉
自分が主催する教室や個人宅セッションの場合は、参加者からの参加費、高齢者施設で実施する場合には、主催運営団体等より講師費や職員研修費となります。
〈運営資金の確保〉
自費
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
日本におけるアート全般の社会的地位の低さには苦労してきました。地道にやってきたというしかないのですが、表現することが生きることであるということへの理解のある団体や、一度アートセッションを体験して心が動いた方々などから、活動が口コミで少しずつ広がってきました。
また「アートはなんでもあり」だから「なんでも受容して褒めればよい」、と曲解されることもありました。それに対しては、「なんでもいい」は「どうでもいい」ではなく、その先の、適切なコミュニケーションにより誘われる自己表現にまでたどり着くことが大切と、その都度説明しました。
認知症当事者ではなく、ご家族や施設の期待するような出来栄えに仕上げることを目的にして、高齢者の動きを待てずに急かしたり、作品に手を入れたりするご家族や施設の方々もおられました。それはむしろ、自尊心を傷つけてしまい、逆効果です。表現することの過程に意味があると説明しました。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
当事者はもちろん、ケアをするご家族や施設職員も巻き込んでいることです。表現している参加者の表情や、完成作品を通して、当事者への見方が変わることも多くあります。またアートセッションにケアする方々も同時にご参加いただき、体験することで心が解放されることも多く、ケアする人もされる人も、表現する人間として対等であることを体感できます。そのような実体験から、人間の存在に対する敬意を抱き、「人間観」を更新することで、ケアする側にも自然な柔らかい表情が生まれています。
現在、アートファシリテーションだけで事業が回っているので、福祉現場にはアートを通じた自己表現や、それを通じた人間観および世界観の認識変容のニーズがあることがわかります。また私自身が工学部出身でもあるため、アートは芸術家や美術大学出身で絵のうまい、限られた人でなくても楽しめるものという一例になれているのではと考えています。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
コロナ禍で、高齢者側も私もお互いに接触を控えているため、今は子どもと大人たち中心で仕事を回しています。コロナ禍では直接的な接触を控えて、世間が落ち着くまでは無理せず様子をうかがっていますが、しばらく高齢者を対象とした現場は減少すると考えられます。
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
持続させるというより”結果として持続している”印象で、セッションのクオリティを高く維持し、人間全般に関する学びを続け、周りの方々とていねいに対話を繰り返すという試行錯誤を続けています。
アートはあくまでコミュニケーションの手段です。上手・下手ではない、自己表現としてのアートをツールとして扱うので、アートや福祉の知識や経験のみでは偏ってしまうと思っています。
〈今後のビジョン〉
これまでの取り組みを言語化し、概念を整えて、次の世代に手渡していく必要性を感じます。実際にケアする・される人のwell-beingには、アートやファシリテーションの”やり方”ではなく、関係性のなかで現れる人間観が強く影響しているように思えるので、アート制作などの体験を通じて、対話しながら人間観を交わしていく場を提供したいと考えています。
これは社会全体のwell-beingにもつながるので、福祉業界以外も対象としています。他企業とのパートナーシップにより広がる可能性も、模索したいと思っています。
■事業名:臨床美術などのアートファシリテーション
■事業者名:ピグマリオン
■取材協力者名:髙木 啓多(ピグマリオン代表)
■事業所住所:神奈川県鎌倉市
※「臨床美術」及び「臨床美術士」は、日本における株式会社芸術造形研究所の登録商標です。