〈コンセプト・特色〉
”仕事付き”サービス付き高齢者向け住宅
〈概要〉
2019年に開設した「銀木犀<船橋夏見>」は、レストラン「恋する豚研究所 LUNCH TABLE 船橋夏見店」※を併設した”仕事付き”サービス付き高齢者向け住宅です。
※新型コロナウイルス感染拡大の影響により、一時休業中
就労を希望する入居者(認知症の方を含む)を、パートと同等の条件で雇用しています。これまでに6人の入居者が働き、最も長い人は2019年11月中旬から働き始め、1日約3時間、週3~4日働いています。仕事内容は掃除や仕込みに始まり、接客、配膳・下膳などです。
レストランの営業時間外は地域住民にスペースを無料開放し、交流スペースとして提供しています。
〈運営主体〉
「株式会社シルバーウッド」
2000年に会社を設立しました。主な事業内容は、薄板軽量形鋼造の構造設計および構造パネルの制作・販売、高齢者向け住宅「銀木犀」の運営、VRで認知症の体験をする「VR認知症」などのVRコンテンツの企画開発およびVRを活用した研修・人材育成になります。
2011年から運営を始めた高齢者向け住宅「銀木犀」は、現在12棟(サービス付き高齢者向け住宅10棟、グループホーム2棟)になりました。住居の快適性、自立支援、地域交流を追求する設計・運営方針で、銀木犀の取り組みについては、2015年にアジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワードで最優秀賞を受賞し、2019年には毎日デザイン賞にノミネートされました。
〈取り組みをスタートした時期〉
2019年5月17日
〈取り組みをスタートしたきっかけ〉
銀木犀のコンセプトは、「安心して最期を迎えられる場所」で、それは“どうやって生きるか”ということにもつながります。そのため、入居者の自由さや生きがいを大切にしています。入居者本人のできる力を奪わないことを目指して、掃除や洗濯、食事の準備・後片付けなど、できることは本人にやってもらうようにしています。
また、閉鎖的な空間では、介護する・されるという上下関係ができ、空気が淀んでしまいます。これからの高齢者住宅に必要なことは、地域交流を通じて入居者の役割をつくることだと考えています。
地域コミュニティとつながるためのさまざまな工夫の一つが、銀木犀に併設した駄菓子屋です。立候補した入居者が店番を務め、地域の一員として役割を果たせる場所となっています。毎日、近隣の子どもたちが駄菓子を買いに来て、銀木犀内の共有スペースで過ごしますが、多いときは1店舗の来店者数が月300人を上回り、月50万円を売り上げることもあります。
高齢になっても、認知症になっても、いつまでも自分の役割があるということが大切です。つまり、それは仕事があるということです。そこで、2019年には”仕事付き”サービス付き高齢者向け住宅として、レストラン「恋する豚研究所LUNCHTABLE船橋夏見店」を併設した銀木犀<船橋夏見>を開設しました。
〈運営コスト〉
運営資金は自費調達です。福祉にビジネスを載せるのではなく、ビジネスに福祉的要素を載せ、社会保障をなるべく使わずに継続性を担保していける仕組みを目指しています。
認知症の方が働いていることをレストランの特徴にするのではなく、地域の人たちが、「おいしい豚しゃぶを食べに来たら、たまたま認知症の方が働いていた」といった自然なかたちにしたいと思っています。純粋においしいものを提供しながら、この場所を訪れたい理由をつくって、成功させたいと考えています。
入居者たちが“生きがい”や“役割”を持つためのさまざまな取り組みは、高齢者住宅の運営の成功にもつながっています。銀木犀の入居率はほぼ100%を継続しており、全国1位です。
〈運営に必要な費用概算〉
約90万円/月
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
持続させるための仕組みづくりは、今まさに試行錯誤しています。ただ、“福祉”から出発するのではなく、“ビジネス”の中に“福祉”の要素を取り入れていくことが考え方のベースになっているため、まずは、レストランを地域の中の大繁盛店に育てる必要があります。そして、その大繁盛店で入居者が働いているという構図が重要だと考えています。コロナ禍で落ちた売り上げを回復し、繁盛店への軌道に乗せるために、今後も引き続きさまざまなチャレンジを行っていきます。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
■賃金を得て働くことに対する入居者の心理的ハードルが高い
生活の中での “お手伝い”と違い、レストランでの“就労”は賃金が発生します。そのため、私たちの当初の想定よりも入居者の心理的ハードルが高く、リクルーティングに苦労しています。賃金が発生すると伝えると、「今の私にそんな仕事はできない」と、就労を希望しない入居者がたくさんいます。一方で最初は全く自信がなかった入居者がレストランでの就労に徐々に慣れていくうちに、さまざまな仕事を習得し、レストランでの就労が生活の一部になっている方もいます。
そこで、レストランをいきなり“就労の場”とするのではなく、“馴染みの場”にすることが心理的ハードルを下げことにつながるのではないかと考えました。例えば、営業時間外にレストランのスペースで入居者向けのイベントを開催したり、レストランで食事をしてもらったり、ちょっとしたお手伝いを頼んだりすることによって、「ここでならできるかもしれない」と思ってもらえるようにしています。
■仕事を覚えるのに時間がかかる
認知症の方は、昨日できたことが次の日にはできないということがありますが、覚えてもらう作業内容を絞り、その作業を繰り返し行ってもらえば、体で覚えて、徐々にできることが増えていくケースがたくさんあります。ただ、決して無理に仕事を依頼するようなことはありません。頼んだ作業が難しい場合は違う仕事に取り組んでもらうようにしています。人とコミュニケーションをとるのが好きな方にはホールの接客、黙々と作業に没頭するのが好きな方には営業時間前の仕込みをお願いするなど、その方に合わせた仕事を依頼するように心がけています。
また、食器棚には食器別にラベルを貼るなど、覚えやすさの工夫もしています。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
■就労を通じて認知症の行動心理症状が軽減され、レストランの評判にもつながった
就労前は「自宅に戻りたい」という思いが非常に強く、いつも「帰りたい」とおっしゃられていた方がいました。職員に対して防御反応が出てしまうことも多かったため、当初は、接客は困難ではないかと思っていました。しかし、実際に就労を始めてからは笑顔で過ごされることが増え、その方が満面の笑みで働いてくれるので店全体の雰囲気が明るくなりました。「役割がある」「必要とされる」ことが、その方に変化をもたらしたのではないかと思っています。また、この方は特に子ども連れの家族への接客を楽しんでいました。子どもが大好きでよく話しかけるのでお客さんからの評判も良く、今では「帰りたい」という発言もほとんどなくなりました。
■介護職の意識への影響
レストランで働く介護職は、入居者との就労を通じて介護の本質である「見守ることの大切さ」を実感したと言います。周りがこの方には難しいと決めつけたり、作業内容にいちいち口を出したりするのではなく、その方を信じて「見守る」ことで、こちらが想定していない効果が生まれることに改めて気づかされました。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
レストラン経営と入居者の就労がようやく軌道に乗り始めた頃、新型コロナウイルスの感染が拡大しました。レストランの客足へ与えた影響は大きく、売り上げは激減しました。2021年1月からは緊急事態宣言の発令を受け、営業時間を短縮しています。
客足の減少および営業時間の短縮に伴い、入居者の仕事の機会が減りました。就労する入居者を増やしたくても仕事が不足し、営業時間外に店舗を地域に開放することもできない状況が続いています。コロナ禍でどう売り上げを回復し、拡大していくかが目下の大きな課題になっています。
〈今後のビジョン〉
レストランを地域の中の大繁盛店に育て、継続性を担保していけるビジネスとして確立するために、具体的には以下のような施策を検討しています。
■テイクアウトできるメニューの追加
私たちが運営するレストラン「恋する豚研究所LUNCH TABLE船橋夏見店」は、社会福祉法人福祉楽団が運営する「恋する豚研究所」(千葉県香取市)からのフランチャイズによる店舗です。同法人が下北沢で運営する「恋する豚研究所コロッケカフェ」ではテイクアウトできるコロッケが人気商品となっており、そのコロッケを私たちのレストランの提供メニューの1つとして取り入れたいと考えています。レストランがある地域には学生も多く、今の看板メニューである豚しゃぶ定食よりも単価が低いコロッケなら、学生たちの人気メニューとなるのではないかと期待しています。また、子どもへの接客が得意な入居者がコロッケを提供することは、店舗の評判につながるのではないかと思っています。
■営業時間外の店舗を地域へ開放
緊急事態宣言の解除後、新型コロナウイルス感染拡大防止策を講じた上で、地域に対するさまざまなイベントを実施していきたいと考えています。併設する銀木犀では、厨房スタッフが高齢者住宅の食事をすべて手作りしていますが、厨房の料理長が地域住民向けに料理教室を開催することもアイデアの1つです。レストランの近くには居酒屋が少ないため、夜の時間帯に参加者が飲み物と食べ物を持ち寄って集う「持ち寄り居酒屋」の日があってもよいと思います。また、地域の高校生たちがジュースとお菓子を持ち寄ってクラス会や同窓会を開催するなど、とにかく地域住民が安心して集まれる場に進化させたいと考えています。
■スタッフを、ほとんど高齢者等で固める
私の夢は、レストランを銀木犀の入居者だけでなく、地域の高齢者の人気の就労場所にすることです。高齢者の中には、認知症の方以外でも何らかの困難さを抱えている方がいます。高齢になると「生きがい」や「役割」、「健康」、「友人」や「家族」など、生きる上で支えとなるものを少しずつ手放さざるを得なくなることが多く、レストランがそれらを取り戻す場となり、高齢者に安心して地域で過ごしていただけることを望んでいます。
上記のことは決して短期間で達成できることだとは思っていません。どんなに時間がかかっても継続してチャレンジしていくことが、社会的インパクトの強い活動につながっていくと信じています。
■事業名:恋する豚研究所LUNCH TABLE船橋夏見店
■事業者名:株式会社シルバーウッド
■取材協力者名:大野 彩子
■事業所住所:〒279-0012 千葉県浦安市入船1-5-2 プライムタワー新浦安16階