〈コンセプト〉
最期までその人らしく美しく生き切れる社会の実現のため、ケアとしての化粧を医療・福祉現場へ広げる
※本文内で使用する用語の操作的定義
メイクセラピー:心理カウンセリングの手法を用いたメイクアップ技法。
化粧ケア:看護師の判断で実施が可能でメイクアップ・ネイルケア化粧品を活用しながら、外見を整え精神的・身体的・社会的・スピリチュアルな面の改善を期待する援助法。
〈法人概要〉
開業:2016年
内容:高齢者医療の現場から生まれた新しいケアサービス。看護学をベースとした訪問型の化粧ケア。現在は介護施設を中心に保険外サービスとして展開中です。その他、アクティブシニア向けの健康美容教室の開催、ケアビューティーの教育・啓発にも携わっています。
〈開業に向けての準備〉
もともと看護師なので、メイクの専門的な知識や技術はもっていませんでした。そのため、まずはメイクセラピスト養成講座、シニアメイク、化粧療法、フェイシャルケア、エンゼルメイク、ネイルケアなどの講座や研修に参加し、化粧関連の基本的な知識と技術を身につけていきました。周囲の友人に協力してもらったり、ボランティアなどの活動をしながら、カウンセリングを通して相手のなりたい自己像を引き出し、化粧の理論を活用しながらイメージ変容ができるメイクセラピーの技術を磨きました。
また、看護師のコミュニティに参加し、近年の医療・介護の動向を探ったり、エンド・オブ・ライフケアの研修に参加したりと、看護師としての強みを活かせるよう勉強しました。しかし、当時はまだ医療・介護分野でメイクセラピーを事業として行っている前例はほとんどなく、開業当初は何から始めたら良いかわかりませんでした。そこで、地域の女性起業家支援団体に所属し、地域で活動する女性起業家の先輩方に相談したり、一緒にイベントに出展させていただいたりしました。
そのつながりで講師の仕事をいただくようになり、地域での活動が少しずつ増えていきました。当初は、介護保険外サービスとしてやっていくビジネスモデルが描けなかったので、いただいたお仕事をその都度一つひとつやってきたような感じです。葬儀会社とコラボさせていただいたり、行政や社協のお仕事もいただくようになりました。ご縁が広がるにつれ、私のケアの理念に共感してくれた介護施設での導入が決まり、定期的に施設の利用者の方と接する機会に恵まれました。
施設での実践を行っていく中で、メイクセラピーを単発のレクリエーションとして行うより、個別ケアとして一人ひとりに意図的・継続的に実施するほうが効果が高いことを感じました。そこで、看護過程を展開するのと同様、一人ひとりの観察・アセスメント・計画立案・実施・評価のサイクルを回していく「Nursing&Beauty Care」が誕生しました。事業の形態も、訪問リハビリテーションのビジネスモデルを参考にさせていただき、利用者様と個別契約を結ぶ形にしました。他職種との連携は不可欠なので、毎回の報告と定期的な報告書を作成し、ご本人と家族、ケアマネジャーに提出し、連携を図るようにしています。
〈運営やコスト〉
実際に施設に導入となった場合には、化粧品一式やワゴンなどの必要備品は、施設導入費として施設側にご負担いただいています。そのため、実際の持ち出しはあまり多くはありません。化粧品がなくなったときは、その都度買い足しますが、最近は感染症の影響もあり、基本的にはご本人の化粧品を使用することがほとんどです。ランニングコストとしてかかるのは、ホームページの管理費やチラシの印刷代、交通費、その他雑費くらいです。
化粧ケアは、まだケアとして確立しているわけではないので、自分自身も常に勉強しながら、ケアの専門性と継続的に運営していく上での経営の力などもっと強めていく必要があります。そのための自己投資は惜しまず成長していきたいと思っています。
今は、私の他に、看護師が1名、介護職員が1名、一緒に活動していますが、それぞれ本業もあるのでイベントのときなどに声をかけて一緒に行う程度です。
〈看護師ではなく、この事業を行う理由〉
病院の看護師時代は、一人ひとりのそばに座ってゆっくりと話を聞く時間というのがなかなかもてずにいました。今は、30分間その方に集中し、話を聞いたり、施術を通じて心地よさや喜びを提供することができます。このように自分のやりたかった看護を形にできるケアというものも大きいですが、子育てしながら自分のペースで働けることも大きな魅力です。施設での訪問は、どんなに遅くても15時には切り上げるようにし、午前中のみの日もあります。訪問するのは、多くても週に4日までとし、それ以外は、自宅で計画書や報告書、担当する授業や研修の資料づくりをしています。
昨年までは、訪問看護師と兼業していたので、時間的に余裕がなく大変でした。今は、大学院に行っているので、あまり忙しくなりすぎないよう単発の仕事は、自分でセーブするようにしています。最近は、会議や打ち合わせがオンラインで自宅から参加できるようになったのでとても助かっています。今は子どももまだ小さいのでこのペースが程良いですし、自分の夢に向かって少しずつ前進していけている実感もあります。収入面では、常勤で看護師をしている頃に比べるとだいぶ劣りますが、ワークライフバランスを考えると今の自分には合っていると思います。今後は子どもの成長に合わせて自分の事業も拡大していきたいと思っています。
〈活動の場を広げるための工夫〉
化粧ケアという概念自体がほとんど知られていないので、時間の許す範囲でなるべく色々なところに顔を出すようにしています。今は地元での活動に重点を置いているので、特に地域の医療福祉関係者とのつながりは大事にしています。
よく化粧ケアを「特別なお化粧イベント」と混同されることもありますが、私は日常の中に必要な全人的なケアだと思っています。こうしたお互いの認識のズレも、他職種と積極的にコミュニケーションを図りながら解決しています。特に施設との業務委託に関しては、施設の代表の方と共通認識をもつことを大切にしています。どんな意図でケアを行い、どのような方法で実践し、評価しているのか、こちらのケアの視点をお伝えし、ご理解いただくよう心がけています。また、より多くの方にこのケアを知っていただくために、取材や執筆、講演などは、時間の許す範囲で受けるようにしています。
〈どんなときにやりがいを感じますか?〉
それまで活気のなかった方が化粧ケアを施していく中で、その方の個性と自尊心が全面に現れたような、誇らしい表情を見せることがあります。その瞬間が大好きです。認知症の方とも継続的にかかわり、信頼関係を構築することで、化粧を楽しめるようになったり、周囲への気遣いが増したりします。こうしたさまざまな変化を間近で感じることができることは、一番のやりがいです。
美容には、もともと気持ちを高揚させる効果がありますが、そばに座り、対話をしながら肌に触れる行為自体が、自分自身を大事にしてもらっていると感じることのできる時間なのだと思います。キレイになった姿を見ると、自然と周りにいるスタッフやご家族も笑顔になり、前向きな言葉かけが増え、双方において良い循環が生まれる。これは、化粧ケアならではの力だと感じています。
〈苦労していることや課題〉
やはり、まだまだ現場の医療・介護専門職が、美容や化粧を援助法の一つとして認識していないことでしょうか。現在は化粧療法研究も広がり、高齢者における化粧は心理的・生理的・社会的に効果があることが明らかになってきています。しかし、現場では「化粧療法」「化粧ケア」という言葉すら聞いたことのないスタッフも多くいます。今、私が訪問している施設では、導入前にスタッフ向けの研修を開催しました。また、日常の訪問の際も、現場の介護士さんたちと積極的に情報交換をするようにしています。お互いの専門性を知ることによって、介護職や看護職の方から私の元に相談や依頼が入るようになってきています。
化粧や美容と聞くと、多くの方が「華やかな特別なこと」もしくは「女性だけのもの」と捉えがちです。しかし、外見は社会とインターフェースの役割をもち、その人らしい外見を整えるということは、その人らしく生きることにつながります。しかし、ケアの価値は可視化しにくく、美容室以外の美容に対してお金を払うという習慣があまりない日本において、これをビジネスとしてやっていくには簡単なことではありません。専門性をさらに向上させ、「援助としての化粧」としての価値を創造していく必要があります。ただでさえ多忙な医療・介護現場に、どのようにこうしたケアを根付かせていくのか、模索する日々です。
〈持続するための秘訣〉
2つあります。「信念をもつこと」と「迷ったら原点に立ち返ること」です。
私のメイクセラピストとしての原点には、看護師としての経験と学び、看護観があります。病気や障がいなどにより、自らのキレイを諦めている人にこそ、こうしたケアに意味があるのではないかという思いから、一人ひとりと向き合う個別ケアにこだわってきました。
看護師を志すきっかけとなったのは、最愛の父の死でした。最期、十分なケアをしてあげられなかったという無力感と最後の父の変わり果てた姿が頭から離れず、当時の私の心にはポッカリと穴が開きました。この経験が、看護師・メイクセラピストを志すきっかけの一つになっています。
しかし、実際の医療現場ではどうしても治療が優先となり、一人ひとりの個別性のある看護ができたとは言えませんでした。ナイチンゲールは、その人の内に宿る自然の治癒力に焦点を当て、その力が最大に発揮できるような条件を周囲に創り出すことが看護的ケアであると述べています。身だしなみを整えることや、化粧をして気持ちを明るくさせることは、看護的ケアの一つであり、本来の自分を取り戻しエンパワメントできるケアだと考えています。
また、私はメイクセラピストでありながらも、3人の子どもの母親でもあります。今は母親として家族の健康を守ることや娘たちの成長も見届けていくことは、私の責任でもあり喜びです。自分自身が満たされていない時、他人に良いケアはできません。一番大切にしたいもの、守りたいものをハッキリとさせ、今できる範囲でできる活動を精一杯やること。事業化して収入を増やすことや、この取り組みをもっと多くの人に広げることを優先にしていたら、継続していくことが苦しくなっていたかもしれません。新しいお仕事の話をいただけたときはいつも、これは自分の本当にやりたかったことにつながっているのか、考えるようにしています。
〈これからの方向性〉
化粧ケアはまだ看護・介護技術として明文化されておらず、教育内容も統一されていません。そのため、今後は教育や研究にも力を入れていきたいと思っています。近年、医療や福祉現場における訪問美容サービスの提供や化粧療法の実践および研究活動が増えてきました。また、取材記事などを見てNOTICEの活動に興味をもち、ホームページからお問い合わせをいただくこともあり、看護師・介護士で化粧ケアを学びたいという人も多くなっています。
化粧を活用した援助は、化粧そのものの療法効果だけでなく、人と人がかかわる対人援助行為だからこそ生まれる「ケア」の効果も大きいと思っています。キュアとしての視点、ケアとしての視点を一つひとつ解明していき、医療と福祉を結ぶ新たな援助法として確立するよう今後も活動を続けていきたいです。
化粧や美容への認識は、一人ひとり異なるため、化粧を施すことはすべての人に万能なケア手法ではないかもしれませんが、人は療養中であっても、介護が必要になっても、決して惨めな姿にはなりたくないのではないでしょうか。人の顔というのは周囲の記憶の中にとどまる社会的な意味をもっています。人はもともと多くの社会的役割をもちながら生活しているので、元気な頃を想像しながら身なりを整え、生活そのものを整えていくことが、尊厳が保持された個別性のある看護・介護ケアにつながっていくのだと思います。
今後は、化粧ケアだけではなく、一人ひとりのその人らしい生き方を人生の最後まで実現できるための看護と介護のあり方を追求し、両者の連携が図れたCare/Caringの教育にかかわっていきたいと思っています。
■事業名:NOTICE(メイクセラピー)
■事業者名:NOTICE
■取材協力者名:大平 智祉緒(NOTICE代表、メイクセラピスト・看護師)
■サイト:http://notice-c.com