〈コンセプト・特色〉
アートやデザインで医療福祉を支援する取り組み
〈運営主体について〉
NPO法人チア・アートの前身は、筑波大学芸術分野が筑波大学附属病院と筑波メディカルセンター病院との協働で取り組んできたアートとデザインの取り組みです。チア・アートの役員は、これらの活動を推進してきた病院経営者、大学教員などで構成されています。
〈取り組みをスタートした時期〉
・2002年 前身となる筑波大学芸術分野と病院との芸術活動の取り組みが開始
・2017年7月14日 NPO法人チア・アート発足
〈概要〉
アートやデザインを通して、医療や福祉の環境を、機能的で合理的なだけでなく、人の生きる力を引き出すような環境にすることで、医療福祉の支援を行いたいと考えています。そのために、病院や福祉施設で、空間やモノのデザイン、アートプロジェクトの運営を行っています。わたしたちは、スタッフや関係する人々との対話や調査を重ねながら、現場に潜む本質的な課題を探り、課題を解決または提示するための「かたち」や「場」をつくっていきたいと考えています。活動は以下の3種類です。
①アート・デザインプロジェクト
継続的にアート・デザインプロジェクトの運営を行っている施設として、筑波大学附属病院と筑波メディカルセンター病院があります。2つの病院では、医療者とつくり手をつなぎ、プロジェクトのマネジメントを行うアート・コーディネート業務をチア・アートが担っています。具体的には、アートコーディネーターが各病院に非常勤ですが定期的に勤務し、病院環境の改善やアート&デザインの導入に関する窓口、プロジェクトの企画・運営、作品や空間の維持管理・評価・広報を行っています。
その他の医療福祉施設でも、単発で空間のデザインやアートプロジェクトを行っています。
②研究・開発
新しいアイテムやプロダクトを創り出す研究・開発の実績としては、パラマウントベッド株式会社との共同研究で開発した子どものプレパレーションツール「ぷれパレット」があり、2020年度にキッズデザイン賞を受賞しました。
③シンポジウム・勉強会
医療福祉とアートやデザインに関する考えを深める勉強会「チア!ゼミ」やシンポジウムを開催し、多様な分野の方が交流するためのプラットフォームづくりや普及啓発活動を行っています。
〈取り組みのきっかけ〉
前身となる筑波大学芸術分野と病院との芸術活動の取り組みは、当時の教員である蓮見孝(現在、筑波大学名誉教授、チア・アート理事)が、アブノーマルな病院環境に問題意識を持ち、学生らと筑波ユニバーサルデザイン研究会を2002年に立ち上げて、筑波大学附属病院で活動を開始したことがきっかけです。
その後、2005年より筑波大学の実践型教育プログラムadp(アートデザインプロデュース)において授業の一環として学生チームが活動を開始しました。2007年より筑波メディカルセンター病院でも活動が開始され、2011年に当時大学院生だった岩田祐佳梨(現在、チア・アート理事長)がアートコーディネーターとして配置されました。
そして、現在のチア・アートの役員らによって、筑波大学芸術分野と近隣病院との協働で進められてきたアート&デザインに関する実践や研究の蓄積を他の医療福祉の現場にも展開していきたいと考えたこと、学生や教員以外に地域の人々や企業など、多様なステークホルダーとの協働で医療福祉環境の改善を試みたいと考えたことから、2017年にNPO法人チア・アートを設立しました
〈運営コスト〉
①アート・デザインプロジェクトの運営に必要な資金は、医療福祉施設からのアート・コーディネート業務の委託費やプロジェクト事業費に加え、助成金・補助金を補填することもあります。
②研究・開発は、研究助成金の獲得に加え、企業との共同研究を実施することもあります。
③勉強会・シンポジウムは、参加費のほか、助成金・補助金、会費を充てて実施しています。
〈運営資金の確保〉
自費、寄付、医療福祉施設からの委託費、会費、参加費、助成金・補助金、共同研究費など
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
アートプロジェクトを継続的に実施している病院では、アート・コーディネート業務の依託費、プロジェクト事業費を病院が捻出しています。そこで、アートプロジェクトの実施について、病院組織およびスタッフの理解を得るため、以下のことを実施しています。
①評価と記録
実施したアートやデザインのプロジェクトについて、直接関わっていない人にも伝えることができるように、また、自分たちが客観的に活動を振り返り、質の高い活動に展開することができるように、「評価」と「記録」を意識しています。評価としては、芸術の介入が患者らに与えた影響に関する医学的エビデンスを得るとことまでは至っていませんが、デザインした空間の改善前後評価や、プロジェクトに参画した職員へのヒアリング調査による質的研究を行ってきました。活動の様子は写真や映像で記録しており、数値や言語化できない現象を共有することに有効だと考えています。
また、マスメディアへの掲載、賞の受賞、助成金の獲得などの第三者による評価も、スタッフのモチベーションに寄与すると考え、広報担当者と協力して積極的に行っています。
②職員の想いをかたちにする
経営者が病院環境をどのようにとらえているのか、現場スタッフが日々のケアで感じる「もっと病院の環境がこうだったら」はどのような点なのか、事務スタッフはどのような課題を感じているのかなど、多様な立場の職員の考えや視点を非常勤職員として常駐するアートコーディネーターが常にキャッチしながら、プロジェクトに反映させています。ヒアリングの時間をいただくこともあれば、日常のスタッフの皆さんのつぶやきをストックしておくこともあります。
筑波メディカルセンター病院では、年に一回「アートカフェ」という院内のイベントを開催し、現在進行中のアートプロジェクトについて職員とざっくばらんに話しながら、病院環境を考えてもらう機会を設けています。アートコーディネーターが管理職と現場職、多職種を横断的につなぎ、みんなで考える場をつくることで、総合的な視点で環境づくりができると感じています。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
チア・アートが発足する前の時期ですが、医療福祉従事者とつくり手(アーティスト、デザイナー等)の言語や専門性が異なることから、踏み込んだ議論ができず意見が食い違うことがありました。
そこで、両者をつなぐ翻訳やプロジェクトマネジメントを担うアートコーディネーターを院内に配置すること、誰がどのように参画し、どのように進めていくかというプロセスもデザインすること、さまざまな職員へのヒアリング調査、観察調査、ワークショップなど、課題をとらえるまでのリサーチに時間をかけることを行いました。
それによって、表に現れている課題だけでなく、本質的な課題にたどり着き、多くの人と課題やアイデアを共有することができるようになり、協働的な実践が実現できるようになりました。
さらに、アート作品の導入や環境デザインの際には、個人的な好き嫌いで判断するのでなく、こういう意図や視点に立つとこのデザインやアート作品が適しているという合意形成を職員やつくり手と図ることを心がけています。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
最近のプロジェクトとして、筑波メディカルセンター病院では、今年度2020年11月より「病院のまなざし」という、職員が働いている姿を紹介する写真展を開催しています。新型コロナウイルス感染症の流行で高い緊張感を強いられる院内において、患者さんやご家族に病院やスタッフへの親しみや安心を感じてもらうこと、感染症に向き合う職員への敬意と感謝を表すことを目的に、長い病院廊下にさまざまな職種の職員の写真を展示したものです。
職員からは「普段は関わることの少ないスタッフが一緒に支え合っていることがわかった」「さまざまなスタッフの笑顔やがんばっている姿を見て、自分もがんばろうと思えた」 「かっこよくて感動した」という声、患者さんからは「職員の笑顔や人間性がうかがえてホッとした」「職員の姿に涙が出そうになった」という声が寄せられています。分断されがちなコロナ禍の状況において、人と人のつながりを修復する力がアートにあるとあらためて感じました。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
さまざまな医療福祉施設でアートやデザインの取り組みを展開したいと考えていますが、理想的な広がりにはまだ至っていません。それは、以下の理由があると考えられます。
・取り組みやチア・アートの存在について、医療福祉施設の経営者、職員、社会への認知度が低いこと、ホームページや広報の仕方を含めて、導入を検討するためのアクセシビリティが悪いこと
・医療福祉施設に、アートやデザインを導入するための費用対効果を十分に伝えることができていないこと
〈今後のビジョン〉
環境がつくられる過程は、建物を建てるbuildingの段階と、自分たちの環境として住みこなすappropriationの段階と2段階あると言われています。医療福祉施設では、建物を建てるまたは大規模に改修する段階には、建築家などが関わり、その際にアート作品を導入する施設もあったかと思います。一方で、建物ができた後、医療やケアの場として空間を使いこなしていく段階では、スタッフが工夫しながら環境を整えることが多いのではないかと思います。そのなかで、スタッフも思うように環境をつくることができないことや、どの部署も管理していない雑然としてしまう空間が生まれることがあり、どうしたらいいかわからなくなってしまうことがあります。
そのため、このappropriationの段階にこそ、想いをかたちにしていくことを得意とするアートやデザインの担い手が、多くの医療福祉施設に入ってスタッフを助け、ケアする環境を、ケアしていく文化を醸成したいと考えています。また、施設をさまざまな部署の職員が構成する「まち」ととらえ、職員たちとつくり手で一緒に環境をつくっていく「まちづくり」型の環境づくりを行うことで、職員が自分たちの病院に愛着や誇りを持って、利用者の皆さんを迎えることができるのではないかと考えています。
さらに、医療福祉環境の課題は、施設だけが抱えるのではなく、アーティストやデザイナーはもちろんのこと、地域の人々や企業などが地域資源の課題として、まち全体で考えることができるような社会の実現を目指しています。
■事業名:NPO法人チア・アート
■事業者名:NPO法人チア・アート
■取材協力者名:岩田 祐佳梨(NPO法人チア・アート理事長)
■事業所住所:〒305-8574 茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学芸術系棟