〈コンセプト・特色〉
地域のみんなも利用したくなる「圧倒的!」な看多機づくり
〈概要〉
地域密着型施設の看護小規模多機能型居宅介護事業所(登録利用定員29名、通い定員18名、宿泊室7部屋)での取り組みです。
起業して5年が経過したとき、「施設っぽくない施設にしたい」と強く思ったのがきっかけです。
今から4年前、第6期事業計画の公募事業で、どうしてもこのチャンスを逃したくないと公募に参加したグループホームの図面は、職員の動線が確保され、見守りがしやすいための空間で、唯一自慢できるのは「広さ」だけでした。この「広さ」は、ただただ無意味な空間となっていて、夜中にトイレに行きたくなっても手すりも何もないフロアを横断しなければならず、バランスを崩したら最後、転倒骨折につながる魔の空間となっていました。地域交流室としてしつらえた部屋はただの空き部屋化していました。
この状況を打破するにはどうするべきかと考えた末、RUN伴でつながっていたコミュニティデザイナーに相談しました。そこから、ゆずの本当の取り組みが始まったというのが正解かもしれません。
先に述べたように、福祉の専門職が平面図を考えると、人手が少なくても見守りでき、リスク回避という大義名分を掲げ、業務をこなすために効率のよい動線確保主義となってしまいます。「施設っぽくならない」ためにできることは、限られた予算の中で壁紙に多少変化をつける程度。結局、居室は真っ白い壁とベッドといった単調な部屋です。自分たちだけでは「限界」が見えた瞬間でした。
もう同じ失敗はしたくないし、他のどんなところよりも圧倒的に施設っぽくない事業所にしたいという想いが専門職ユニット「尾道に風穴、圧倒的なものにJUMP!」となりました。メンバーは設計デザインの専門家、高齢者の心理を捉えた環境感情デザインの専門家、建築にも精通した地域のニーズを捉える専門家、そして、我々福祉の専門家です。
図面を作る段階から何度もミーティングを重ね、思いをひたすら語り続け、専門職それぞれの視点で意見を出し合い集約した結果、今までにない施設っぽくない心地よい空間の看護小規模多機能型居宅介護事業所が生まれたのです。
施設っぽくなるのはなぜか。尾道という町の景色に違和感なく存在するために尾道っぽくするにはどういう建物がいいのか。認知症の高齢者の心理に良くも悪くも作用する施設の特徴は何なのか。認知症の高齢者、ターミナル期に入った方の心理に心地よい環境とは何なのか。高齢者の少し寂しいけど集団でワイワイも少し苦手という両極な想いに寄り添える空間とは? 利用者の暮らしを邪魔せず、職員の動線を確保するためには? いつも雑多となる備品の収納スペースは確保したいなど、あらゆる角度から、「暮らし」のある圧倒的な施設を創り込んでいきました。
こうしてできあがった「看多機ホームみなりっこ」は、今まで見てきた施設とは圧倒的な差がありました。「この方は今までサービスが続いたことがないんです」「介護サービス自体全く利用したことがなくて拒否感が強いです」「お風呂に10年入ってなくて自宅にも上げてもらえないんです」といった、たくさんの困難事例をご紹介していただきますが、どの方も抵抗感なく建物に入り、お茶を飲み、通いサービス1日目が始まります。そして、1カ月も経つと率先して、食器を洗ったり、配膳や洗濯を手伝ったり、友だちと話したりしながら過ごす流れに自然とつながっていきます。
時に「私は畳と隙間風のあるほうが慣れとる」と言われる方もいますが、尾道の景観を損なわないように計算された外観、仕切りがあるわけでもないのにそれぞれの目的に合った空間に分断されている内観、認知症の高齢者の心理面を細かくとらえた環境の効果は、日々のケアの中で感じることができます。
通りすがりの地域の方に「ここは何の建物なんかね?」と聞かれ、高齢者施設だと答えると「あら、そーなん!」と驚いて興味を持っていただくこともあります。こういう些細なきっかけから、自分に介護が必要になったとき、頭の片隅にある当事業所に足を運んでもらえる流れになればよいと考えています。自分に介護が必要になったとき、初めて足を運ぶときの施設、調べたらここが出てきた、というよりも、元気なころから知っていて困ったときに気軽に相談できる身近な存在でありたいですし、認知症があっても今までの「暮らし」がなくなることなく、住み慣れた地域の中で暮らしを継続するための「手勝手の良い」存在でありたいと思っています。
地域の方の身近な存在として、「年を取ったら自分が使いたい」と感じてもらえるよう、これからも地道で長い道のりをしっかりと歩んでいきたいと思っています。
〈運営主体〉
「株式会社ゆず」
■事業実績
2013年1月17日 株式会社ゆず設立
2014年3月1日 グループホームみなりっこ開所
2016年9月20日 株式会社ハートランド事業譲受 グループホームゆずっこ高西継承
グループホームゆずっこ向島開所
2018年3月1日 小規模多機能型居宅介護事業所ゆずっこホームむかい島開所
2019年12月3日 多世代型住宅 FREEHOUSEゆずの輪開所
地域密着型通所介護デイサービスゆずっこ高西開所
2020年3月1日 看護小規模多機能型居宅介護事業所・訪問看護ステーション・看多機ホームみなりっこ開所
2020年10月1日 職員寮KAWAHARA_SO開所
2021年3月20日 企業主導型保育施設ゆずっこ保育園開所
2022年3月1日 小規模多機能型居宅介護事業所ゆずっこホームみなり開所
■事業の目的
地域・家族との関係性が途切れないように住み慣れた地域の中で安心して過ごせる環境をつくり、役割をもってイキイキと、笑顔で生活できるよう介護保険サービスに基づきサービス提供を行うこととする。また、医療との連携も密に行い、健康管理にも配慮したサービス提供を行うものとする。
■基本理念
〇家族や住み慣れた地域でのなじみの関係を大切に、役割を持ってイキイキと、笑顔こぼれる生活を応援します。
〇地域・医療と連携を図り、安心して過ごせる街づくりに貢献します。
〇『助け愛』の精神で、持ちつ持たれつの人間関係を大切にします。
〇子どもからお年寄りまで、安心・安全・書いて北だと思える職場づくりを大切にします。
〇幅広い人材育成を心掛け、介護界の活性化に努めます。
■運営方針
〇利用者本位のケアをとことん追求し、「いつまでもどこまでもフリースタイル」で
〇認知症の方が「ここへ来てよかった」と思えるケアを実現する
〇職員一人ひとりが主体的に組織内の問題・課題解決に取り組める人材育成と縦・横のつながりが深い組織づくり
〇地域と共生できる事業所運営
■社会的役割
〇利用する方が「まだまだ長生きしたい」と思える時間や空間を提供すること
〇トップダウン方式ばかりでなく、自分で考えて行動できる人材を育成すること
〇若いうちから介護を含めた「福祉」を知るきっかけを作り、地域と福祉の距離を縮めること
〈取り組みをスタートした時期〉
2019年1月19日
〈取り組みをスタートしたきっかけ〉
新オレンジプランとなり、地域包括ケアという言葉はよく耳にするようになりましたが、やはり、「介護」が生活の中で必要ない場合、身近な存在になるのはなかなか難しいと感じています。「介護」を身近な存在とすするための方法として自分たちで思いつくことは、町内会への参加、町の行事・お祭りへの参加、地域清掃など町に出向くこと、運営推進会議や行事を開催して来所の機会をつくること、だけであり、その時、その場だけの関わりで、その「点」を「線」につなげ、さらに「面」にする作業に限界を感じていたことが1つのきっかけと言えます。
「いつでもお気軽に相談に来てください」と声をかけても、意を決して入る介護施設ではお気軽に相談はできないのが現実だと思います。実際、地域交流室を設けても稼働率は10%足らず、稼働のうち半分は自施設の研修や利用者との行事でした。地域の方に開かれた施設となるためには仕掛け・発信が必要となりますが、ここでもまた自分の能力に限界を感じていました。
地域に開かれた場所にするために何か仕掛けることができないか、初めから地域とつながれるような施設にしたいと思ったことが、取り組みにつながっています。
〈運営コスト〉
■運営資金調達の仕組み
〇施設建設費の3分の1は国の補助金
地域医療介護総合確保事業補助金の地域密着サービス等整備助成事業及び介護施設等の施設開設準備経費等支援事業で補填しています。
〇建設費と運営費を銀行融資
国の補助金があることで、借入金を削減できています。
■持続可能性を確保するための工夫や取り組み
〇土地を賃借にすることで、ランニングコストを削減しています。
〇訪問看護事業も並行して稼働させることで、看多機事業所分の売り上げに上乗せ分が生じています。
〇小多機には認知症があって生活に困る方、看多機には医療的ニーズがある方、と事業所の特性に応じて利用する方のすみわけを明確にすることで、居宅だけでなく、地域の連携医から紹介を受けることが増えつつあります。
〈運営に必要な費用概算〉
756万3,000円/月(人件費含む販管費)
〈持続させるための仕組みや工夫など〉
地域の特性に合った小規模な事業所を地域のコンビニ的な存在で、展開していることが1つの工夫と言えます。
これが良いと思えるものを見つけるまでしっかりと話し合い、良いと思ったものを実現するため、妥協せずにチームで取り組みます。たとえ、どんなことをする場合でも、考え方の土台となるのは「いつまでも、どこまでも、フリースタイル」。自分らしい暮らしをずっと大切にしてもらいたいという理念を見失わないように走り続けることが一番大切だと感じています。
ご参考までに、ゆずの3つのスタイルを挙げると、「あなたとわたしは、持ちつ持たれつ。配慮にあふれ、遠慮のない関係をつくろう」「目指すのは、『なじみのあなた』。相手をよく知り、自分も知ってもらおう」「職員だって、フリースタイル。自分の考えを、大切にしよう」になります。
〈これまでに苦労したことと、それをどのように乗り越えてきたか〉
■苦労したこと
建物のカッコよさにこだわると、高齢者には使いにくい、認知症の方が混乱するなどの問題が生まれ、高齢者の視点、福祉色が強くなりすぎると、圧倒的なものにならないという問題が生まれます。地域の方が求める部分と、地域に開かれた環境にするためにこだわる部分との折り合いを見つけながら、よりよいものに仕上げていく作業が難しく、苦労しました。
■どのように乗り越えてきたか
福祉の視点しか持ち合わせていない自分たちの想いを他のメンバーに伝えるため、しっかりと聞き取り作業をしてもらい、各々で考えたものを出し合いながら精査するためのミーティングを何度も行いました。大阪、熊本、愛知、広島という離れ離れのチームだったため、オンラインミーティングも利用しながらの作業で乗り越えました。
〈うまくいっていること、やってよかったと思うこと〉
■うまくいっていること
人が本来持ち合わせている心理面に配慮した玄関アプローチは、大変効果を発揮しています。
人は、一番初めに抱いた感情がその後の受け取り方を決定づける傾向にあります。不安と緊張が最も高まる玄関までのアプローチを植樹、ウッドデッキ等で温かみのある雰囲気にしたことで、違和感なく建物内へ入ることができ、拒否が強かった方へのアプローチがスムーズになった事例が6件あります。退屈だと言いながら、行き交う人や車の流れを見て気分転換となる方、観葉植物に水をやることが役割となりリハビリとなっている方など、環境があることで自然に活動につながっているケースも数多くあります。
■やってよかったと思うこと
その人らしい暮らしを実現できる環境とは何なのか。
「住む」「暮らす」という観点を重視し、各分野の専門職でチームを結成して、1つのものを作り上げる作業を通して、自分たちだけでは成し得ないことができました。
利用者の利益というよりは、この建物があることによって影響を受ける「地域の利益」を最優先に考えた結果、近隣の方に興味を持っていただけました。「ここなら来ても良い」と思ってくださる利用者の中に、地域の方が増えてきています。
地域との関わりについては、新型コロナウィルスの影響もあり、現在積極的な活動はしていませんが、「ここは何の建物ですか?」と通りすがりの人たちから興味をもっていただいています。
福祉という枠に捉われず専門職ユニットで協力体制をとり、環境面からサポートすることで好循環を生み出す場面もあり、認知症になっても住みやすいまちづくりへの一助になると感じました。
〈うまくいっていないこと、今、悩んでいること〉
施設は環境にこだわって作っていますが、普段の業務に追われて、すべてを意図したように使いこなせていない現状があります。例えば、「地域交流スペース」=「地域のためのスペース」だから、使ってはいけないという認識になりがちで、日常使いにうまく転用できていません。
また、新人職員が増えたときに、きちんと伝承できていない現状があります。職員の数は開設当初から1.5倍近くに増えており、開設前の研修に参加していない職員が多くなったことで、環境の意図するところをまったく知ることなく働いている職員もいます。
新規雇用の職員への指導の際に、最初の想いを伝え続けていく作業に難しさを感じています。
〈今後のビジョン〉
自分が認知症になったとき、終末期を迎えるとき、色々な場面で介護や医療が必要になったとき、「ここなら入ってもいい!」と自信をもって思える、安心して心地よく過ごせる居場所づくりへの挑戦を続けていきたいと思っています。
尾道の介護・福祉環境に一石を投じ、介護が特別なもの(自分には関係のないもの)という考え方や介護への関わりにくさを解消し、地域の利益を最優先に考え、これまで培ってきた経験やネットワークを使い、地域社会課題解決のための事業展開をしてくことを目指します。そうすることで、認知症の方だけでなく、誰にとっても安心して暮らせる地域に近づいていけると考えています。
■事業名:ONOMICHI風穴プロジェクト
■事業者名:株式会社ゆず
■取材協力者名:川原 奨二(株式会社ゆず代表)
■事業所住所:〒722-0215 広島県尾道市美ノ郷町三成1572-2